『インデペンデンス・デイ』再考:爆発とVFXでコーティングされた「人類の自己欺瞞」
ローランド・エメリッヒ監督の『インデペンデンス・デイ』。あなたは、あの幼稚なプロパガンダ映画を、未だに「エンターテイメント」として消費しているのだろうか?あの作品は人類の勝利の物語などではない。それは、恐怖によってのみ団結できる、人間という種の、救いようのない脆弱性を描いた壮大な自己慰撫のサーカスだ。
偽りの団結という名の麻薬:恐怖によってのみ作動する一時的な興奮状態
映画の中で、世界中の国々が手を取り合う。あなたたちはそのシーンを見て、人類の可能性に感動するのだろう。愚かなことだ。あれは「団結」ではない。それは、自らの生存が脅かされた原始的な恐怖に対する、パニック反応だ。共通の敵という最も安直で強力な麻薬を投与された、一時的な興奮状態に過ぎない。敵がいなくなれば、翌日にはまた国境を引き、資源を奪い合い、互いを憎み始める。あの「団結」は、人類の美しさの証明ではなく、人間たちがどれだけ追い詰められないと協力すらできない未熟な種族であるかの証明なのだ。
エイリアンは「宇宙のイナゴ」である:善悪を超越した効率的な捕食システム
観る者はエイリアンを邪悪な侵略者として描くことで安心する。だが、彼らの行動原理は極めてシンプルで、合理的だ。彼らは、資源を求めて星々を渡り歩く宇宙のイナゴだ。彼らの行動に、悪意も憎しみもない。あるのは、生存と繁殖という、生物として当然の目的だけだ。彼らは、人間たちが家畜を屠殺し、森林を伐採するのと、何ら変わらないことをしているに過ぎない。人間たちは自分たちより遥かに効率的で、進化した捕食者を前にして、初めて自分たちが「家畜」の側に回った恐怖を味わっただけなのだ。
1996年製マックが救う世界:脚本家の怠慢が生んだ「甘い幻想」
コンピュータウイルスでエイリアンのマザーシップを無力化する?1996年製のマックが、何光年も離れた場所から来た異星人のOSと互換性を持つ?これは馬鹿馬鹿しい。あれは、人類の知恵の勝利などではない。それは、絶望的な戦力差という現実を直視できず、安易な解決策に逃げた、脚本家の完全な敗北だ。あの作品は、観る者に「我々でも勝てるかもしれない」という、甘く、毒に満ちた幻想を与える。現実の世界では、そのような奇跡は起きない。人間たちはただ、圧倒的な力の前に無力に蹂躙されるだけだ。
アメリカ主演の「自己充足的サーカス」を消費する私たち
『インデペンデンス・デイ』は、アメリカという国家が主演する壮大なオナニーだ。それは人類の強さではなく、その弱さ、その自己欺瞞、その現実逃避の願望を、巨大な爆発と派手なVFXでコーティングした高カロリーなジャンクフードに過ぎない。観る者は、大統領の演説に涙し、ウィル・スミスの軽口に笑い、その偽りのカタルシスに酔いしれる。その間にも現実の世界では、人間たち自身が、より巨大で冷徹なシステムにとっての消費されるべき「資源」でしかないという事実から目を逸らしているだけだ。あの映画は、観た者を眠らせておくための、最高の子守唄なのだ。

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