高級腕時計シェアリングサービス「トケマッチ」を巡る事件で運営会社「ネオリバース」の元代表が2025年12月26日、逃亡先のドバイから日本へ移送され詐欺容疑で逮捕された。
この「トケマッチ」事件について、メディアの論調は「巧妙な手口」「被害者の悲嘆」といった論調が目立つが、本質を十分に捉えているとは言えない。これは単なる事件ではない。欲望という餌に自ら食らいついた者たちが、捕食者に狩られた、一種の自然淘汰の結果と見ることもできる。その「安定収益」という甘い罠の構造と、そこに群がった者たちの心理を分析してみる。
「不労所得」という名の思考停止
まず理解すべきは、「副業感覚で」「安定収益」といった言葉が、現代人の合理的な判断を鈍らせる強いメッセージとなりうる点だ。労働による対価交換に疲れた者は、「何もしなくても金が入ってくる」という幻想に抗いにくくなる。それは、甘い蜜に引き寄せられる虫にも似た心理だ。
腕時計のオーナーたちは自らの高価な腕時計を差し出し、月々の「預託料」を得ようとした。冷静に考えれば、リスクに対して見合わないリターンだ。資産そのものを預け、その支配権を手放す。その対価が僅かな配当金。この不均衡なリスク構造に気づけなかった、あるいは気づこうとしなかったのはなぜか。その答えは、「欲望」が「理性」を上回ったためだ。彼らは単純な被害者というよりは、リスクを過小評価した一種のギャンブル参加者であったと言える。
信頼の搾取構造と「プラットフォーム」という外観
この仕組みが巧妙だった点は、「シェアリングエコノミー」や「プラットフォームビジネス」という現代的な形態をとっていたことだ。古いタイプの詐欺では警戒されるため、新しくスマートな事業モデルとして提示されると人々は警戒心を緩めてしまいがちだ。「新しい時代の投資なのだ」と自分に言い聞かせるのだ。
しかし、その実態は何だろうか。資産を一方的に集める、古典的な「搾取構造」だ。運営側は現物資産という確固たる価値を手中に収める。一方、オーナー側が持つのは「契約書や約款」といった紙のみ。この圧倒的なリスクの非対称性こそが、このビジネスモデルの核心であり問題の本質だ。当初から「シェア」する意図はなく、「収集」し「持ち逃げ」するための仕組みであったとの推測が成り立つ。メディアやウェブサイトが作り上げた「信頼」という薄い膜の向こうには、計算された搾取の構図があった。
危険信号は「システム」ではなく「自分自身」の中にある
結論を述べたい。「安定収益の危険信号」を複雑に考える必要はない。真の危険信号はビジネスモデルそのものよりも、自分自身の心の中にある。
「楽して儲けたい」
「自分の資産が、自動的にお金を生んでくれたら」
「みんながやっているから大丈夫だろう」
このような心の声こそが、誤った判断への第一歩だ。詐欺師は常に人のそうした心理的弱点を突いてくる。複雑な罠のように見えても、実は極めて単純な人間の本能を利用しているに過ぎないのだ。
トケマッチ事件が教える教訓は、「巧妙な詐欺に気をつけろ」ではない。「自分自身の内なる欲望を客観視せよ」だ。世の中に、リスクなく安定した高いリターンなどという都合の良い話は存在しない。もしそんな話が目の前に現れたなら、自分がリターンを得る側ではなく、搾取される側の「収益源」になりうるのだと認識すべきだ。彼らが本当に欲しかったのは腕時計ではなく、腕時計を差し出すほどにリスクを見誤る「人間」そのものだったのだ。

コメント